エッセイ

2009年11月15日 (日)

牛乳パックの開け方を知らんとは・・

うちのかみさん、牛乳パックと格闘していた。

よく見ると、なんだか人差し指の爪でホジホジしている。

!?

かみさん、ついに断念して一言、「このパック開かんサー」である。

おいおい、パックの開け方書いてあるだろう。

ココに!

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へー、そーやって開けるんだー。頭いいねー! である。

どうやら、生まれてから何十年間も牛乳パックを開ける時、爪でホジホジしていたらしい。(笑)

 

かみさんに、やり込められたときは、このネタでいつも反撃するのサ。

 

PS.
どうやら、かみさんの両親もホジホジ開けてたらしい・・・。

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2009年9月 7日 (月)

手こずったイタリアのトイレ(その2)

「手こずったイタリアのトイレ」の第2弾である。

公衆トイレがないなど、イタリアのトイレには、とても苦労した。

あるトイレでの出来事である。

用を足した後、手を洗おうと思い洗面所に行くと何かがおかしい。

そう、蛇口の取っ手がないのである。

日本では、珍しくなく蛇口に手をかざせば自動で水が出てくるが、

イタリアには自動販売機がないくらいアナログ(メカニカル)な国である、自動で出てくるわけがない。

蛇口を押しても引いても叩いても水が出てこないのである。

隣のたぶんイタリア人ではない外人さんも首をかしげている。

あきらめて出口に向かい、ふと振り向いて見ると、イタリア人らしき人が普通に水を出しているではないか。

よく見ると蛇口に手をかざして自動で出ている様に見える。

??

なぜ?

なんか、足を動かしてる様だ。

!!。

なんだ、足元の見えないような位置にペダルがあるじゃないか。

 

またしても、手こずってしまったイタリアのトイレの話である。

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2009年2月27日 (金)

手こずったイタリアのトイレ

昔、かみさんとイタリア旅行に行った時の話である。

イタリア初日、ホテルにチェックインし、かみさんがトイレに入ってしばらくすると、

突然、叫んだのである。

『大変!たいへーん。sweat01

『トイレが壊れて水が流せないよー』

どれどれ、どこが壊れたぁなんて言いながら現場に急行する。

『ほらー、トイレを流すレバーがギィギィ鳴って動かないサ』

「・・・・・」

「それ、予備のトイレットペーパーのホルダーじゃないの」

『えー、じゃあ流すのどこにあるのサ』

「・・・(しばらく周りを調べる)」

1.2mぐらいの高さの所の壁にある、まな板くらいの大きさの白い物体を指差しながら

flair これじゃない。」

「これ、押すんだよ。きっと」

と、いい加減に言ながら押して見た。

「ジャー。」

見事、解決!

それにしても、ばかでかいボタンであった。

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↑その時の写真であるが、ばかでかいボタンと、

かみさんの壊したホルダーは、写ってません。

ちなみに、便器の左横にあるのは、ウォシュレット。

用を足した後、お湯を張ってお尻をチャプチャプ洗うらしい。

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2009年2月12日 (木)

どうしても食えんかった食べ物 台湾

「理不尽な台湾」のつづき。

台湾の食べ物でどうしても食べることが出来なかった物がある。

醤油色に煮込まれたあれ、煮玉子みたいなのやら鶏肉の照り焼きみたいなもの。

多分、「八角」という香辛料で煮込まれたものである。

弁当のおかずにこれが入っていた時は、さすがに一口も食べれなかった。

醤油色のくせに醤油の味が全く無く、味と香りが「太田胃酸」なのである。

これは、強烈であった。

この後、昼抜きで腹ペコのまま夕食を食べに焼肉屋に行った。

しかし、ここでも地獄が・・・。

焼肉の肉に、あの醤油色のあれ、八角のたれが漬け込まれてたのである。

食えん。

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2009年2月10日 (火)

理不尽な台湾

あれは、1996・7年頃だったかな、円が1$=78円ぐらいの頃の話。

季節は、桜花賞が見れなかったのでその時期。

会社の命令で、台湾へ出張する事となった。

 

成田を出発し、台北に到着すると日本語ペラペラの現地の案内人(Rさん)に空港から、

ホテルまで送ってもらった。

その道すがら、台湾の交通事情、かなり危険だという事を説明された。

1.車優先なので歩行者は、壁に張り付くように歩きなさい。

 ぼーと歩いてるとひかれます。

2.タクシーは、ぶつけてでも割り込むので側に寄らない。

 確かに、新車なのにボコボコだった。

などなどである。

もちろん、自分を含めて出張したみなさんは、端っこを歩きましたよ。

 

事件は、Rさんが引率役で、夜、外に食事をしに行くとき起きたのである。

大通りの出来るだけ端っこを歩きながら、仲間と話しながら歩いていると、

一人が突然、消えてしまったのである。

いや、視界から消えたというのが正しいか。

イリュージョンの様に片足がコンクリートの地面に消えたまま、地面に突っ伏していた。

よく見ると、工事したてで生コンクリートの入った穴に落っこちたらしいのである。

(山梨の方言で「つっぺった」というが)

Rさん、こちらをとがめるような言い方で

   「あーあー、だめだめ、端っこ歩いちゃだめよ」

       「端っこは、工事中の穴が多いから気を付けてー」

       「台湾は、パイロンなんて無くて、工事しっぱなしだからね。ハハハハ。」

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パイロン(コーン)

 

おいおい、端っこ歩けって言ったのはあんたでしょうが・・・。 

車が危ないから端を歩け、しかし、工事の穴が危ないから端を歩くな。

理不尽!

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2009年2月 8日 (日)

仮装パレード「ゴキブリ」の炎天下地獄!

昔々の、大学生の頃の話である。

あれは、学園祭。

6月の蒸し暑い頃であった。(山梨の6月は蒸し風呂の様な酷い暑さである)

今も続いているか知らないが、当時は、仮装パレードと言うものがあった。

工学部・教育学部の各学科の新入生が、それぞれのコンセプトに基づいて仮装し、

手作り「みこし」を担ぎながら、大学のある武田通りを下り、

舞鶴城公園まで練り歩くと言うものであった。

練り歩くという位なので、ペットボトルに仕込まれたお神酒をあおりながらである。

まぁ、とても恥ずかしいので、しらふでは出来ないのも事実であった。

が、それは地獄へのプロローグであるとは、誰も思わなかったのである。

なぜなら、仮装が「ゴキブリ」だったのである。

黒色の海パン履いて、顔を含めて全身をこげ茶色の水性ペンキで塗ったくるのである。

Gokiburi

ペンキを舐めてはいけない。

まず、皮膚呼吸が出来ない。(これは、それほどでもないかも)

さらに、蒸し暑いのに、汗が出せなく体温調整が出来ない。(主犯)

でも、お神酒のせいでとてもハッピーなのである。

ニコニコ練り歩く。

沿道の人に愛想振りまくり。

で、公園に着いた頃には、頭は、クラクラするし、体は、ヘロヘロである。

暑いので、全員、木陰に、体育すわりでホッとする。(約30人)

・・・・・・

・・・・・・

突然、カメラを持った部活の先輩(あの伝説の先輩である)がやってきて、一言。

「お前らそうしていると、本当にゴキブリみたいだね。」

・・・・・・。

パシャ!パシャ!

さっさと写真撮って去っていってしまった。

思わず、苦笑いしたものである。

あの時は、確かに、怒る気力も無く日陰を求めてコソコソしてたなぁ。 
 

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2008年9月26日 (金)

叫ぶおやじ、吼えない息子

声のでかい、愉快な親子のその後の話である。

ある日、ガシャーーンとすごい音がした。

おやじ、家の中から息子Uに向かって、

「Uーー!なにしただー!」

と叫ぶ。

息子、

「・・・・・・」

どうした?! 叫ばないぞ?

 

どうやら、家の前の駐車場に、車をバックで入れる時、

お客さんのトラックがあるのに、気づかず、突っ込んだらしい。

リヤガラスがグチャグチャである。

おいおい、いくら普段は、おやじの車しかないにしても、

バックする時、後ぐらい見ろし(山梨方言)。

 

車が凹んで、息子も凹み、静かではあったが、

親父だけが、騒々しい日であった。

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2008年9月24日 (水)

叫ぶおやじ、吼える息子

近所に楽しい親子が住んでいる。

平屋の賃貸住宅2軒に、おやじと息子Uがそれぞれ住んでいるが、

この親子、とにかく声がでかい。

おやじが、自分の家から、隣の家の息子に

「Uーー!○○しただかー!」

声をかける叫ぶ。

「なんだー!おやじー!」

と負けずに息子も吼える。

とにかく声がでかい。まる聞こえである。

日々、外に向かって叫びながら会話する、愉快な親子である。

 

ある日、実家に帰って来ていた娘さん

「おとーーさん!○○したのーー!」

と叫ぶ。

外にいたおやじ

「なんだーー!」

「外にいるだーー!うるせーなー!」

とこれも叫ぶ。

 
実は、声のでかさでは、娘さんの方が、上手であった。

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2008年9月16日 (火)

旅のはじまりは

伝説先輩とは、よく旅行へ出かけた。

金沢旅行、珍道中のはじまりは、こんな感じではじまった。

 
出発日、先輩のアパートへ車で到着した。

勢いよく、アパートの扉を開けた先輩は、さっそく荷物を積み込む。

楽しくなるであろう旅行に、思いをはせているなか、

積み込みを終えた先輩は、とっとと、助手席に乗り込み、

さぁ、出発だー!と。

えっ、アパートの扉開けっ放しでいいんですか・・・。

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 あいかわらずの、先輩である。

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2008年9月10日 (水)

伝説の車

まだ学生の頃の話である。
 

夜、星の観測が終了し、何台かの車で帰路についた。

続々と部室に車が到着する中、

しんがりの先輩の車が帰ってこない。

おかしいぞ、誰か見て来いとなった。

・・・・・

大変だー、すごい事になってるぞ。

事故ったのか?

いや、事故と言えるか微妙だ、と偵察隊が笑いながら帰ってきた。

・・・

先輩の車に同乗していた、人間に話をきくと、

大変なんです、走ってたらいきなり、ガタンと傾いて、

車がタイヤに追い越されたんですー。

混乱していて意味不明な話であった。

真相は、走行中何らかの原因で、タイヤが外れ、

車が傾きながら減速した所に、外れたタイヤが、

車を追い抜いたということである。

漫画みたいな本当の話なのだ。

 
ちなみに、ここで出てきた先輩は、あの伝説の人である。

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